アル中の復職

「アルコール依存症と虐待」というタイトルから「アル中の復職」にテーマを変更します。

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退院

6/13(金)に退院した。

病院の工事で治療プログラムが実施されていなかった為、
10日間の入院で断酒の決意を固めようと
アルコール依存症の本を読んだり日記帳を読み返したりした。

体の調子は2日~3日で回復した。

冴えた頭でアルコール依存症を認めざるを得ず、
一生一滴も飲めないという病気になってしまった事が、
ひどく恐ろしいことに感じられ不安で一杯だ。

パニック発作も頻発している。

機会飲酒くらい良いのではという思いが残り、
否認は解けなかった。

金曜日の夜くらい飲んで、次の日からまた抗酒剤を飲めば
節酒が出来るのではないか。こんな思いがまだ拭いきれない。

過去の自分の記録を見ても、
禁酒後、1日の飲酒が、連日となり、遅かれ早かれ連続飲酒に至っているという事実がある。
こんなことを5年以上繰り返し、気が付けば家族とは別居。会社の信頼もポストも失っていた。

教科書通り。

次に入院することがあれば、その時は、もっと多くのものを失っているだろう。

抗酒剤はシアナマイドを毎日服用している。
レグテクトも1日3回服用している。
週一回だが地元の断酒会にも入会した。

本気の覚悟が出来ていないというのが正直なところだが、
何はともあれ断酒しようと思う。飲んでしまったとしても
断酒会には通い続けようと思う。自分と向き合おうと思う。

2時間半の通勤電車での飲酒習慣から、
帰りの電車の中での飲酒欲求が非常に強い。

「お酒のない人生を望む自分」
とても他人事のように思えて信じがたい。

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連続飲酒発作・入院

先週の金曜日(5/23)はいつも通りの帰宅電車での飲酒だった。

実家への終電が終了しており自宅に泊めてもらった。

土曜日(5/24)の朝、自宅でカバンに入っていたお酒を飲んだのだろう。

水曜日(5/28)の朝、動けない私、父親に連れられ病院へ。

当日、両親に対して悪態をついてしまった。申し訳ない。

5日間の連続飲酒の記憶はない。どこで、どうやって飲んだのか。

病院で即入院の話も出たが、仕事の調整が必要だった。

なので、病院では点滴を打って帰宅した。

会社にはパニック障害のオーバードーズの減薬治療で入院させてくださいとお願いし、

了解を得た。但し、これが最後のチャンスとの条件付きだった。

6月3日より2週間の予定で入院する。


血液検査で肝機能に異常値があり、黄疸も+判定。食事もできないし体がだるくて

なかなか起き上がれない状況。

下痢を伴う大量の鮮血。

病院は何か工事中とのことでアルコール依存症の回復プログラムは実施しておらず、

ただただ、アルコールを抜くだけの入院。

でもやっと、きっかけが出来た。

この入院を無駄にはしたくない。。。

入院前の最後の週末。日本酒を吐きながら飲んでる。

入院後は飲まないと決めたらから、晩餐。

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